第 2 回 宮澤卓宏

第1回ウェブゲームクリエイターインタビュー 石井克雄

1. SKT-products とは何か


たくさんのウェブゲームの中で埋もれることなく
キラリと光る作品を生み出しているクリエイターたち。
そんなウェブゲームクリエイターにインタビューを敢行。
アイデアの源泉や、一つの作品としてまとめていく過程、
モチベーションの拠り所や、今後の制作予定など、
あれこれいろいろ聞いていきます。

第2回目は、タカヒロウ氏こと
SKT-products の宮澤卓宏(みやざわたかひろ)氏。
なぜかモアイをまわす「モアイまわし」や、
なぜか引越し荷物を投擲する「引越し奉行」など
「なんで?」と目を引かれ、プレイするうちに引き込まれていく。
そんな不思議なゲームを生み出している SKT。
そのアイデアの源泉はいったいどこにあるのか?

どうぞ、お楽しみください。

星野

世間話っぽく始めようと思うんですけど(笑)
東京にはどのくらいの頻度で来ているんですか?

宮澤

東京には月イチくらいですかね。 写真

星野

クライアントさんは東京が多いんですか?

宮澤

ほとんど東京ですね。
大阪で黙々と創って、
後は東京で打ち合わせとかっていう感じです。

星野

顔をあわせる打ち合わせが月イチ程度だと
やっぱり、やり取りはメールとか電話が中心ですか?

宮澤

そうですね。

星野

SKT-products はどういう組織体なんですか?
法人なのか、とか。 スクリーンショット

宮澤

たまに会社だと思ってる方もいるんですけど、
そんなことはなくて、あくまでも個人サイトですね。
もともとコンテンツもサイトも趣味で創っていて、
そうこうしているうちに、お仕事が来るようになったんで、
気合いを入れようかと付けた名前です。
なので、おおやけ的な意味はないです。

星野

組織ではなくて個人なんですね。
ちなみに「SKT」ってどういう意味ですか? スクリーンショットモアイまわし

宮澤

これ、結構あぶない意味なんですけど(笑)
まだ仕事とか関係なく趣味でやっていた時に、
「自分が気持ちいいものだけを創り続ける」っていう意味で
あと、インパクトもあった方がいいってことで
「セイカンタイ」っていう名前でやってたんです。
そうしたら、お仕事がくるようになってしまって、
さすがにこの名前で続けるのはまずい(笑)
変えないといけないな、と。
それで、その頃ゲーム内とかで
略称として「SKT」というのを使っていたので、
この「SKT」で行こうってことで使うようになったんです。

星野

なるほど、意味をちゃんと踏まえると、
あぶないというよりも、ちょっとかっこいい感じしますね。

宮澤

それはないですけど(笑)

星野

いや、ちょっとかっこいい(笑)
名前が持っていた「気持ちいいものを創る」っていう
意味だけが残った感じですね。

趣味で創ってた頃と仕事としても創るようになった
境界ってどの作品あたりになるんですか?

宮澤

サイトの左サイドの作品リストが時代順になってるんですけど、
本当に下にある「雑念打」とかあたりからですね。 スクリーンショット雑念打

星野

じゃあもう本当に最初のころからなんですね。

宮澤

これより古いのもちょっとだけあるんですけど、
さすがにそれは今は載せてないです。

星野

(笑)
そんなやばい内容だったんですか?

宮澤

いや、やばいわけでもないんですけど、
血がドバーみたいなのもあったりしたんで。

星野

(笑)「すごい父さん」とかも、
結構グロバイオレンスなところありますよね。
最近の作品からはそういうイメージがなかったんで
ちょっと意外だったんですけど。 スクリーンショットすごい父さん

宮澤

初めの頃は、あんまり気にしないで創ってたんですけど、
BBS を置いて感想とかをもらうようになったら、
結構小学生とかが遊んでくれていることがわかったんですよ。
その頃は、ネットを小学生がやる時代になってるとは
思ってもいなかったんで、ちょっとショックで。
それで、これからは子供に対しても問題がない作品を創らにゃいかん、
ということで、グロとかはちょっと控えめにしようってことにしましたね。

星野

そういう配慮があったんですね。

宮澤

小学生の子供を持つお母さんからメールで、
うちの子供のクラスで大ブームになってるので
ちょっと表現を考えていただけませんか、
みたいな問合せをもらったこともあって。

星野

もう小学校にパソコンがあって
ネットに繋がってる時代だったんですね。
むしろ、インターネット初期のころで
今より不安が大きかったころかもしれないですね。

宮澤

でも、昼休みに小学生が集まって
プレイしているのを想像すると、
確かにちゃんと考えないとなぁ、と思って。

星野

そんな経緯があったんですか、なるほど。
サイトを立ち上げたときは、まだ学生だったんですか?

宮澤

そうですね。大学3回生くらいかな。
それで、大学の終わりの頃には
もう仕事の話しがちらほらきていて。
卒業して就職したんですけど、半年だけ勤めて辞めちゃって。

その頃は広告代理店さんとかからも声をかけてもらってたんで、
いいや辞めちゃえって、辞めちゃったんですよね。

星野

勤めてたときはweb系だったんですか?

宮澤

いや、なぜかシステムエンジニアで、
しかも銀行系とかだったんで、全然違いますね。
ちょうど、就職難の時で結構大変だったんですよ。

星野

でも、学生の頃から仕事の話しがきてたら、
最初からそっちで行っちゃおうって
なりそうな気もするんですけど、
そうはならなかったんですね。

宮澤

そうですね。
趣味を仕事にしちゃうのは、やっぱり怖い部分もあるし、
そこはやっぱり迷いましたね。
いきなりはちょっと厳しいかな、と。 写真

星野

でも、社会人になってみて。

宮澤

予想以上に面白くなくて(笑)
これはイカンな、と。
これなら趣味を仕事にしてしまった方がいいかなと思って。

星野

(笑)
そして会社を辞めて、そこからはフリーなんですね。
そうすると「雑念打」の頃がちょうど学生の終わりごろ。

宮澤

その頃ですね。
GOKI DASH」をShockwaveに出したのが
フリーで最初の仕事になります。
信行軍団3」を郵便局でバイトしてるときに創ったから
このときにはもう辞めてますね。 スクリーンショットGOKI DASH スクリーンショット信行軍団3

星野

そうすると、その頃からは個人制作も
宣伝的な意味合いを踏まえて創るようになってるんですね。

宮澤

そうですね。
個人制作を「BROAD STAR」(現「BROSTA TV」)に出して
そこで賞を頂いたりして。
賞を頂くと授賞式後の立食会とかで、受賞バッジをつけるんですけど、
そうすると、凄くたくさんの方たちと名刺交換できるんですよ。
それで「これが一番営業になるな」と思って、
それからは結構いろんなコンテストにガンガン出して、
そこで広げていった感じですね。

だから、会社さんに直接営業に行ったのは
最初の1社か2社くらいで。

星野

なるほど。それじゃいわゆる営業はしなくても、
お仕事の話しが来るっていう感じなんですね。

宮澤

そうですね。

星野

仕事と個人っていう切り分けについても
もっと聞いていきたいんですけど、その前に、
個人での作品に注目していきたいと思っていて、
今日は最近リリースされて話題の「引越し奉行」と
オリジナルから始まって今はお仕事にもなっているモアイシリーズ
それから個人的に好きな「雑念打」について聞かせてください。

(聞き手:0stage 星野健一

本文中のリンク
SKT-products
・SKT : 引越し奉行
・SKT : モアイまわし
・SKT : モアイの巣
・SKT : モアイの塔
・SKT : GOKI DASH
・SKT : 雑念打
・SKT : 信行軍団3
・SKT : すごい父さん
BROSTA TV
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